比良八講の昔話

 大津市北部の旧志賀町のみならず、堅田や守山など、湖国のあちらこちらで比良八荒(比良颪・ひらおろし)により湖に没した乙女の悲恋の物語が存在します。その話は、おおむね次のようなものです。

 一人の若い修行僧が、東江州へ托鉢行脚に出かけた際、急病でとある在家の軒先で倒れました。すると、この家の人々が手厚く看護し、修行僧は間もなく病から回復し、 自らの草庵のある比良のふもとへと無事帰ることができました。実はこの時、看護にあたったその家の娘が修行僧に深く恋する身となっていたのです。

 そして、翌年、修行僧は昨年のお礼を兼ね、同家を訪ねました。娘はたまらず自分の恋心をうち明けましたが、相手は修行の身。 若い僧は恩人を一蹴することもできず、次のような約束をします。対岸の比良まで百日間通い続けることができるなら、その時は夫婦になりましょう、と。
娘は、その日から毎晩、対岸比良の燈火を目指してたらいを船にして通い続けます。そして、九十九夜通い続け、いよいよ満願の百日目の夜を迎えます。 今日で願いが叶うと勇んで湖上に出てみると、折から吹いてきた比良颪により、対岸の燈火は吹き消され、湖面は荒れに荒れ、遂に小さなたらい船の娘は湖に没してしまい、 はかない恋も終わりを告げるという悲しい物語です。毎年この頃に吹く比良颪は、この乙女の無念によるものだといわれています。

 さて、現在の「比良八講」には稚児娘さんに参加していただいています。この稚児娘さんたちは手に手にぼんぼりを持っていただいていますが、 これは昔話の乙女が燈火を目指してたらい船を漕ぎ出したことを表現しています。悲恋の乙女の無念を湖上法要にて慰め、稚児娘さんに改めて近江舞子に上陸していただき、 満願成就していただくという思いが込められています。
昔話では恋が成就できなかった娘さんですが、この比良八講に参加していただいた稚児娘さんは良縁に恵まれるといわれています。

文責・東岸滋応